Archive for November 2015

01 November

<Natalis News>より  《成長曲線》を超えて

 先月号の続きです。 
 先月の本蘭では、学校や入試制度などの外部環境と我が子の《成長曲線》とをつけあわせて、先のことを考えながら、その時々に最適な選択をしていくことが最も大事なことではないかと書きました。確かにそれはいつもお伝えしていることですが、それでも《成長曲線》をなんとかして変えてでも「どうしても我が子にこのレベルには達してほしい」という切実で強い願いを抱くことは、親心としては自然で、むしろ高い目標に向けて家庭全体で挑戦しようとする前向きな姿勢として評価されるべきだという点も強調しておかなければなりません。
 《成長曲線》を何か決められた限界として「あきらめの正当化曲線」にしてしまってはいけません。我が子の個性として十分理解し配慮した上で、それを超えていく、曲線のカーウ゛を変えていく努力をすることに親子で挑戦できれば、こんなに素晴らしい教育体験はないはずです。その時、「どうしても我が子にこのレベルに」という思いは、必ず、(1)ある程度先の時点を目標にして、(2)その一点に直結するように、しかし(3)回り道のように見えても必要なことはすべて、(4)確実になるまで十分に、練習/鍛錬する以外に成功する方法はありません。
 こう言ってしまうとただ頑張るしかないようにも思われますが、楽に、しかも効率よくできるやり方が一つだけあります。それは、もっと早くに始めて、計画的に少しずつ内容や各段階の目標を絞り込んで行うことです。普通の“上手な子育て”とは何がちがうのでしょうか。それは、将来の大きな目標をブレずに常に意識し、それに対して今やることを徹底し切る、という「程度」の違いです。
 一例を挙げますと、「幅広い読書に裏打ちされた深い思考力を備えた人になってもらいたい」という目的をもって具体的な目標を立てたとすれば、赤ちゃん〜幼児期の読み聞かせは、生まれてすぐから毎日数十冊になっても不思議はありません。5歳になるまでに一人読みができるようにと、計画的に文字を教えたり、核になる言葉を覚えるような遊びを導入したり、一緒読み→交互読み→一人読みと進めるように段階的に読み聞かせの時間を進化させたりといった働きかけを効果が出るまで実施する。すこし間を飛ばして、2、3年生で抽象的な言葉の世界に離陸できるように、その前から本格的に読みの指導を始め、5年生で塾の宿題に追われるようになる前に、徹底して読解と記述の力を付ける訓練をし始める......。これらは、これまで12歳、15歳または18歳で目標を達成した成功事例の、多くは共通した部分です。こういった挑戦の例と成功した方法について、もっとお伝えしお手伝いができればと考えています。
 最後にもう一つ、別の面からの理想的な要素についてもふれておきましょう。
 荒井英治さんというヴァイオリニストをご存知でしょうか。今年まで東京フィルハーモニー交響楽団のソロ・コンサートマスターを勤められてきて、テレビ等で大きく動きながら実に楽しそうに弾いている姿が取り上げられたりすることもある、現役の第一人者のお一人です。一例を挙げれば、バッハの無伴奏は、数ある大御所達の録音と比べても決して引けを取らない端正で行き届いた中に深みのある演奏でありながら、パルティータがもともと舞曲を集めて構成されていることを思い出させてくれるような、音楽の楽しさや喜びが伝わって新しい発見のある素晴らしいものです。モルゴーア・クァルテットでは、ELPやキング・クリムゾンなどのプログレッシヴ・ロックを弦楽四重奏にしてしまうのですから、好きなものにはたまりません。そんな幅の広さも、音楽の楽しさを追求される姿勢から自然に出てきたものと納得できます。実は、その荒井英治さんにここ数年、年に1度くらい内輪の演奏会で間近で接する機会があり、その際に伺った話がとても印象的でした。それは、荒井さんは音楽一家ではない普通の家庭に生まれ、小学校の時にクラブでヴァイオリンに触れ6年生の頃に本格的に習い始めたというお話です。特にクラシック音楽の世界では早期教育が当たり前で、音感等についての臨界期の研究などからも「早いほど有利」が定説になっているなかで特異な例外といえるものでしょう。ただそのお話には、「ヴァイオリンが好きで好きでたまらなくなった」、「絶対に音楽家になると決めていた」、といった言葉が繰り返し出てきていました。もうおわかりと思いますが、大好きになり、とことん打ち込める幸運な出会いがあれば、成長曲線は自ら超えていける可能性が高くなります。この点も、親として心の隅に常にとどめておきたいことですね。

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