Archive for 01 September 2008

01 September

<NATALIS Newsから> “ホーム スクーリング”という考え方

 夏休みも終わり新学期が始まりました。
この時期の親子関係を題材にした戯画の内容は、夏休みを惜しむ子どもたちと反対にお母さんがやっと学校が始まってくれると喜ぶというのがお決まりのようです。学校や園を中心に子どもの生活がまわり、家庭もそれにあわせていくというのが、何の疑問もない日本の普通の風景でしょう。
 8月31日付朝日新聞の書評欄に『ホームスクーリングに学ぶ』(リンダ・ドブソン著)・緑風出版)が掲載されていたのをご覧になった方もおありかと思います。ホームスクーリングというのは、米国の言葉ですが、学校に通わないで自宅または小コミュニティで初中等教育を受けることを指します。同書では、現在全米で200万から250万人が受けていると述べられています。私は、ナタリス学院を設立する直前の、2002年にアメリカに長期滞在して教育全般や教材開発の現状を調査して来たのですが、その際強く関心を惹かれたのがこのホームスクーリングでした。当時も、米国の教育の状況は、80年代の荒廃からようやく立ち直り、教育バウチャー制度(杉並区の『子育て応援券』もその応用例ですが)をはじめとする成功事例に学びながらもその先の改革を模索している時期でした。一方で、荒んだ学校から我が子を守るためや宗教的な理由の他に、教育そのものを家庭に、親の手に取り戻して、学力から生活全般にまで信念の及んだ質の高いものとなるような追求を行おうという考え自体も広がりを見せつつありました。いくつもの雑誌やメールマガジンなどを通じた連帯も自然に起こり、良質の家庭用教材も制作されるようになって、まさに日進月歩で環境が整っていくように感じられました。ここでは詳細は省きますが、様々な分析を通じて、この動きの理由はよく言われる米国人の独立を重んじる個人主義というよりもむしろ「親であること」や「我が子の教育」への目覚め=再発見という方があたっているように考えられました。そして、それはわれわれ日本の親に対しても大きく示唆するものがあると思われます。それは、ナタリス学院の“我が子主義”や学校中心ではなく“家庭教育の側に立つ”といった理念にも影響を与えているのです。
 既存の制度(学校)を無条件に受入れるのではなく、親としてまずどのような姿で子どもの前に立ち、彼らの教育にどのようにかかわるべきなのか。受験等の学校決めの前にまずそれがあるべきです。また、明日の学校の勉強をどうするかの前に、我が子には、将来にわたってどんな学びが準備されるべきなのか、いつもそこからはじめたいものです。 
14:42:20 | natalis | |