Archive for December 2014
01 December
<Natalis Newsより> 怖がること、人の強みとして
人がどのように物事を認識し思考するのか、また、個体や種としてどのように知性を伸ばし成長していくかを考えるとき、発達心理学や認知科学、さらには、進化人類学のような学問が参考になります。これは一人ひとりの子育て/教育を考える際の基礎知識として有効で、次々と報告されてくる科学的な成果が、より正しくより精密な人間観への情報を提供してくれます。そんな分野でドイツのマックスプランク研究所に負けないくらい面白い成果をあげ続けているのが、京都大学霊長類研究所です。一連のチンパンジー(「アイ」の名前はご存知でしょう)やサル群の研究で有名ですが、今回はそれとは別に短いながら非常に面白い論文が発表されていました(10月27日付)。『恐怖を味わうとき人間のこころは活性化する?ヘビをみるとき判断力は亢進する』と題されたもので、発達心理学の一般向け著作も多い、正高信男教授を中心とする研究者の手になります。
さて、その内容は、恐怖感をいだくことは人間の認識にかかわる情報処理を妨げる、という従来の定説を覆し、逆に、恐怖が人の心を活性化させ判断力を高める、というものです。何かを怖いと感じるようなときは、通常、判断力が鈍ってしまうものだと考えられてきたのではないでしょうか。しかし、今回の研究結果は、それを真っ向から否定するものでした。もちろん、これを聞いて「そうか、少し怖いくらいに叱ってしつけした方がいいんだ」などと短絡してはいけません(笑)。今後の予定として「具体的に一般の社会生活をいとなむことが困難な人々の心理の解明」といった見通しも書かれていますので、その先では何か子育ての参考にもなる知見が期待できるかもしれませんが。
ただ、ここで重要だと思うのは、かのダーウィンが1871年に「恐怖をいだくことは人間の強みになりうる」と書いていて、その後100年以上も無視されてきたこの考えを検証しようと意図してこの研究が行われたということです。ダーウィンは進化論の最初の提唱者、という程度で片付けてよい人では決してありません。その「生態学的な」ものの見方考え方は、現代の先端科学の大部分に決定的な影響を与えている一大源流で、環境問題のみならず、人工知能や宇宙工学からコンピュータのシステム設計や建築/都市計画まで、およそあらゆる実学分野で基本となっています。人(や、動物や時には機械やロボット)が環境に対してどのように振る舞うのかを客観的に記述する視点は、例えば彼のミミズの観察のような地道な研究から導き出されたといっても過言ではないのです。そんなダーウィンの言葉として噛み締めてみれば、「恐怖をいだくことは人間の強みになりうる」という言葉は、現代の我々に向けられているのではないかとさえ思われます。環境問題一つをとっても、新しいデータが発表される度に、もう時間がないと恐怖を抱かずにはいられない正常な感覚を持った人々(残念ながらその集まりであるはずの各国政府ではないようです)を勇気づけてくれるメッセージとして。
現代に生きる我々は、恐怖を要領よくやり過ごすためにあくせく努力するのを止めて、もっとちゃんと怖がって、こころを活性化し判断力を高めるべきなのかもしれません。そして、いじめや競争といった恐怖に取り囲まれている子どもたちにこそ、人としての強みとなる怖がり方を教えていくべきだとしたら、その仕事はやはり家庭の領分ではないでしょうか。